思考実験「ヘンペルのカラス」
思考実験「ヘンペルのカラス」はドイツの哲学者カール・グスタフ・ヘンペルが1940年代に示した問題です。
事例から規則や法則を見い出そうとする推論を帰納法といいます。たとえばイタリアのガリレオ・ガリレイは有名な思考実験「重いものほど速く落下するのか?」において様々な実験の事例から落下速度は質量と関係しないことを見い出しました。そして当時常識だったアリストテレスの「重いものほど速く落ちる」という説を否定しました。ガリレオは実験の結果から結論を帰納的に導き出したのです。しかし、帰納法の場合、命題を否定する事例が見つかると証明がくつがえる危うさがあります。
一方、規則や法則から事例の結論を得る推論を演繹法といいます。イギリスのアイザック・ニュートンは万有引力を発見し運動の法則を確立しました。この法則によって落下実験を行わずとも物体の落下運動を計算で求めることができるようになりました。計算に用いる条件さえ整えば、たとえば月面での物体の落下運動も求めることができます。このように法則からある事例の結論を演繹的に導くことが可能です。演繹的なアプローチにおいて、もし計算結果と実験結果が異なる場合は実験の失敗に気が付いたり、あるいは新たな事実を発見したりすることができます。
「ヘンペルのカラス」は「カラスのパラドックス」とも呼ばれますが、ヘンペルが「全てのカラスは黒い」という命題を証明する手続きの危うさについて倫理学の対偶を利用して指摘したものです。ヘンベルは「全てのカラスは黒い」という命題を「全ての黒くないものはカラスではない」という等価の命題に言い換えて「全てのカラスは黒い」と証明する論法を提案しました。
「全てのカラスは黒い」のように集合に属する全てのものが共通する性質を肯定または否定する命題を全称命題といいます。たとえば「全ての動物は死ぬ」と「全ての動物は空を飛ぶ」はどちらも全称命題ですが前者は真で後者は偽です。また「AはBである」という命題に対して「BでないならAでない」と言い換えた等価の命題を元の命題の対偶と言います。
「全てのカラスは黒い」を帰納的に証明しようとするならば、カラスを次々と探し出して黒いことを確認していく必要があります。全ての探し出したカラスが黒ければ「全てのカラスは黒い」と証明できる状態に近づいていきます。さらに黒いカラスの数が増えれば「全てのカラスは黒い」は帰納的に証明できたと言えるでしょう。しかしながら、黒くないカラスが1羽でも見つかると証明は覆ってしまいます。
もしも「全てのカラスは黒い」という規則や法則あるいは揺るぎない常識があるのであれば、次々と出会うカラスは全て黒いと演繹的に結論づけることが可能です。この場合。「全てのカラスは黒い」と「全ての黒くないものはカラスではない」は等価の命題で祖語はありません。
ヘンベルは「全てのカラスは黒い」という全称命題をその対偶である「全ての黒くないものはカラスではない」を使って証明できるのかを問いかけたのです。具体的には観測者が世界に存在する黒くないものをとつひとつ確認していき、その中にカラスが一羽も存在してなければ全てのカラスが黒いことを証明できたことになるのかということです。
観測者が黒くないカラスを1羽でも見つかればその時点で「全てのカラスは黒い」は証明できなかったことになります。黒くないカラスが見つからない状態が続いているときは「全てのカラスは黒い」が証明され続けていることになります。黒くないカラスが見つからない回数が増えれば増えるほど「全てのカラスは黒い」の確度は高くなっていき、やがて事実上証明できたことになるでしょう。
しかし、この証明の手続きをよく考えて見ると奇妙なところがあります。それは観測者が黒いカラスを見ていないということです。黒いカラスを見たことがないのに「全てのカラスは黒い」という命題を証明できてしまうのです。
ヘンベルはカラスを調べることなく「全てのカラスは黒い」という全称命題を証明できてしまうことからその手続きを危うさを指摘したのです。「全てのカラスは赤い」や「全てのカラスは青い」なども、赤くないカラスや青くないカラスが見つからなければ証明できてしまうのです。
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