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2022年10月21日 (金)

ペンタゴン大行進(1967年10月21日)

 兵士がもつライフルの銃口にカーネーションを差し込む男性。この写真はアメリカの写真家バーニー・ボストンによって撮影されたもので「フラワーパワー」と名付けられかつて存在した新聞ワシントン・イブニング・スターに掲載されたものです。

フラワーパワー
フラワーパワー
バーニー・ボストン撮影

 この写真は1967年10月21日に「ベトナム戦争終結のための国家総動員委員会」の呼びかけで実施されたベトナム戦争に反対する大規模デモ「ペンタゴン大行進」の際に撮影されたものです。約10万人デモ隊がリンカーン記念館の前に集まり約半数の5万人がペンタゴンをめざして行進しました。ペンタゴンでは陸軍第82空挺師団の兵士が警備しており兵士たちは入口付近に並んでバリケードとなりデモ隊の進行を妨げました。このとき抗議者の1人ジョージ・ハリスが兵士が構えるM14ライフルの銃口にカーネーションを差し込んだのです。デモ隊と兵士の長時間に渡るにらみ合いが続きましたがやがてデモ隊が排除されました。

 このような大規模なデモが起こった背景には日本の「国際反戦デー」が関係しています。前年の1966年10月21日に日本労働組合総評議会が全世界の反戦運動団体にベトナム戦争反対を呼びかけ「ベトナム反戦統一スト」を実施していました。フランスの哲学者・小説家のジャン=ポール・シャルル・エマール・サルトルは総評を「世界の労働組合で初めてのベトナム反戦スト」として高く評価しました。この運動が各国に広がり翌年同日に行われたのがペンタゴン大行進だったのです。日本において10月21日は「国際反戦デー」とされていますが、これは日本独自の記念日で国際機関が制定したものではありません。

 さて10月21日には平和を願わなければならないもうひとつの出来事があります。それは昭和19年(1944年)10月21日のことです。この日フィリピン・ルソン島マバラカット基地で若者たちが別れの水杯をかわし「海ゆかば」を合唱、若者たちは7機の戦闘機に乗り込み司令部や整備兵に見送られながら出撃していきました。神風特別攻撃隊の初出撃でした。狙いは事前に陸軍一〇〇式司令部偵察機が発見した敵艦隊でしたが、行く手を悪天候に遮られ敵を発見することができませんでした。7機全機が無事に帰還しましたが卑怯者と思われたくないと考えていた飛行隊長らはたいへん落ち込んだそうです。特攻隊はその後に3度出撃していますが全て攻撃までに至らず帰還しています。そして神風特別攻撃隊
は同年10月25日の5度目の出撃で敵艦隊に突入していったのです。その後、多くの若者たちが散っていきました。

 悲しい歴史を繰り返さないように。平和が訪れますように。

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