ブラック・ジャック定期連載終了(1978年9月18日)
手塚治虫先生の漫画「ブラック・ジャック」は秋田書店の漫画雑誌「週刊少年チャンピオン」の1973年11月19日号から連載が始まりました。
手塚先生は1950年「ジャングル大帝」、1952年「鉄腕アトム」にはじめ少年漫画雑誌で数々の作品を生み出しました。しかし、1960年代後半になると少年雑誌が若手の漫画家を起用しはじめたり、劇画の人気が高まったりしたため活躍の場が少なくなりました。1973年には旧虫プロダクションと虫プロ商事が倒産し、手塚先生にとってこの時期は厳しい状況が続きました。
「週刊少年チャンピオン」編集部は手塚先生の状況を憂慮し、手塚治虫の漫画家としての活動30周年を記念する作品の企画を立てました。この企画では手塚治虫作品の全キャラクターが出るスターシステムの作品とされました。連載を快諾した手塚先生は手塚漫画のキャラクターが病気となってブラック・ジャックという医者にかかっていく物語を考えました。また、これまでのヒーロー的な路線を変更し、ブラック・ジャックをアウトサイダー的な存在として描くことにし、卓越した腕を持つが無免許医で法外な手術代を請求する医者という設定にしました。
「ブラック・ジャック」は短期間の連載の計画で始まりました。当初はそれほど人気も上がりませんでしたが連載を重ねるうちに人気が出始めその後10年間の「週刊少年チャンピオン」の人気を支える作品のひとつとなりました。
「ブラック・ジャック」の定期連載は1973年9月18日号の第229話「人生という名のSL」で終了しました。「人生という名のSL」ではSLに乗っているブラック・ジャックが次々と懐かしい知人と会って話をするという物語です。
そういえば2007年に放送された「世にも奇妙な物語 春の特別編 2007年」の「回想電車」が「人生という名のSL」に似ていました。「回想電車」は赤川次郎先生の1999年の小説です。ある男が人生を回想するように電車で懐かしい人に出会うという物語です。結末は「人生という名のSL」とは全く異なります。
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