海王星の日(1846年9月23日)
海王星は非常に暗い星のため肉眼で見ることはできません。ですから海王星の観測ができるようになったのは望遠鏡が発明された1608年以降のことです。1612年と1613年にガリレオ・ガリレイが望遠鏡による天体観測をしたときに作成した観測結果には海王星の位置に星が記録されていました。また1795年にジェローム・ラランド、1830年にジョン・ハーシェルが同様な観測結果を得ていますが、この星が惑星であるとは認識されていませんでした。
海王星の発見には天王星が関係しています。天王星は1690年にジョン・フラムスティードによって記録されていますが、このときは恒星と誤認され発見には至りませんでした。1781年3月13日にウィリアム・ハーシェルが天王星を発見しましたが、ハーシェルも発見した天体を彗星と誤認しました。しかし、その後の観測と軌道計算から彗星であることが否定され土星の外側をまわる惑星であることがわかりました。
1821年、「天王星の天文表」を著したアレクシス・ブヴァールは実際の天王星の動きが天文表と合わないことに気が付き、天王星の軌道に影響を及ぼす重力が働いていると考え未発見の惑星があるという仮説を立てました。その後、イギリスの数学者ジョン・クーチ・アダムズやフランスの数学者ユルバン・ルヴェリエが天王星の軌道の研究を進め、天王星の軌道に影響を与えている惑星の位置を予想しました。
ルヴェリエは自身の予測に基づいてベルリン天文台のヨハン・ゴットフリート・ガレに惑星を探索するよう依頼しました。この依頼に基づき天文台の学生ハインリヒ・ダレストが観測を行ったところ1846年9月23日にほぼ予想された位置に海王星を発見したのです。
海王星が発見されるとイギリスとフランスの間で発見者が誰なのかが大きな問題となりました。最終的にはアダムズとルヴェリエが発見したと結論づけられましたが、1998年の再評価では海王星の位置を予測し天文学者に探索をさせたルヴェリアが発見者にふさわしいとされました。
【関連記事】
| 固定リンク | 0
「今日は何の日」カテゴリの記事
- マツダ(東洋工業)がコスモスポーツ発表(1967年5月30日)(2026.05.30)
- 江戸幕府が修学と商業目的の海外渡航を許可(慶応2年1866年4月7日)(2026.04.07)
- 自転車青切符導入で暴走三輪車の摘発を検討|ライアー新聞(2026.04.01)
- ロシア使節ニコライ・レザノフが長崎から退去(文化2年 1805年3月19日)(2026.03.19)
- 靴の記念日(靴の日)(明治3年 1870年3月15日)(2026.03.15)
「天文」カテゴリの記事
- 南極で金環日食が観測される(2026年2月17日)(2026.02.17)
- 江戸幕府が天文方を設置( 貞享元年 1685年12月1日)(2025.12.01)
- 満月ではない2025年の中秋の名月(2025年10月6日)(2025.10.06)
- 夏の終わりと秋の始まりを告げる|秋分(2025年9月23日)(2025.09.23)

コメント