「男はつらいよ」の日(1969年8月27日)
「わたくし、生まれも育ちも東京葛飾柴又です...姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します」。ご存じフーテンの寅さんの口上です。
フーテンの寅さんと言えば映画「男はつらいよ」ですが、もともと「男はつらいよ」は1968年10月3日から1969年3月27日までフジテレビ系列で放映されたテレビドラマでした。
テレビドラマ「男はつらいよ」も葛飾区柴又帝釈天の門前町の老舗の団子屋「とら屋」に行方不明となっていたさくらの兄の寅次郎が帰ってくるところから始まります。もちろん寅さんの役は渥美清さん。さくらは長山藍子さんが演じていました。寅さんが帰ってくるなり、静かだった「とら屋」はいろいろな騒動が起こりてんやわんやとなります。おいちゃん、おばちゃん、さくらなど久しぶりに帰ってきた寅さんをやっかいものと考えていましたが、だんだん寅さんの人柄に魅力を感じるようになり騒動まで楽しむようになります。やがて体調を崩したおいちゃんは江戸時代から続く「とら屋」は店をたたむことにしました。
店がなくなってしまった寅次郎は行く当てもなく弟の雄二郎(佐藤蛾次郎)を連れて奄美大島へと旅立ちました。一攫千金を狙ってハブを捕まえに行ったのです。寅次郎がいなくなり静けさを取り戻した葛飾柴又。時が流れてさくらに子どもができた頃、雄二郎が葛飾柴又に帰ってきます。雄二郎の話によると寅次郎はハブに噛まれて命を落としたとのこと。兄の形見の帽子を受け取り呆然とするさくら。ところが、その夜に寅次郎がさくらの前に現れる。しかし、寅次郎は「恋とゆう奴あどえらい奴だ♪」と喧嘩辰を歌いながら立ち去ります。自分の前に現れた寅次郎が幻影だったことに気が付いたさくらは兄の死を受け入れ泣き崩れるのでした。
さてこのテレビドラマ「男はつらいよ」はお茶の間で大人気となりました。寅次郎が奄美大島でハブに噛まれて死なせてしまったことで、多くの視聴者がテレビ局に抗議の電話をかけたのです。当時はテレビ番組は映画よりも格下でテレビドラマが映画化される習慣はありませんでしたが、脚本を担当した山田洋次監督らの説得により映画化されることになりました。
こうして視聴者の期待に応えるべく制作されたのが1969年8月27日に公開された松竹配給・山田洋次監督・渥美清主演の映画「男はつらいよ」でした。この第1作で寅次郎は復活し、1995年公開の「男はつらいよ 寅次郎紅の花」まで48作に及ぶ長編シリーズの映画となりました。
主演の渥美清さんは第49作「寅次郎花へんろ」の準備をしている1996年8月に亡くなりました。渥美清さんと寅さんの人気は衰えず、1997年には第49作「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇」が公開され、公開50周年にあたる2019年には第50作「男はつらいよ お帰り 寅さん」が公開されました。テレビドラマでハブに噛まれて死んだ寅さんが映画で戻ってきたように、渥美清さんは銀幕の中で寅さんを生き生きと演じていました。
子どもの頃に母方の祖父に連れて行ってもらった映画が「男はつらいよ」でした。おそらく爺さんが見たくて行ったのだと思います。何作目だったのか思い出せませんがリリー(浅丘ルリ子さん)が出ていました。爺さんは寅さんと違って普通のおじさんでしたが、右目の眉毛のところに寅さんと同じようなホクロがありました。
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