ハドソン川で蒸気船クラーモントが試運行に成功(1807年8月17日)
米国の技術者で発明家ロバート・フルトン。フルトンは若い頃は画家をしていましたが1786年に絵画を学ぶために英国に渡りました。しかし、英国でフルトンを魅了したのは産業革命による社会の発展でした。フルトンは絵画そっちのけで科学と技術を学んで特許を取るようになり発明家となりました。
1797年にナポレオン戦争中のフランスに渡りフランス政府に世界初の手動式潜水艦ノーティラスや兵員輸送用の試作蒸気船を売り込みましたが採用されまえんでした。その後、駐仏米国大使ロバート・R・リビングストンの支援を受けてる全長31メートルの外輪式蒸気船を試作しセーヌ川を遡ることに成功しました。再びフランス政府に売り込みましたが採用されなかったため1804年に英国に戻りました。
1809年、フルトンは米国に帰国しますが同じ頃に帰国していたリビングストンに出会います。リビングストンはフルトンがセーヌ川で走らせた蒸気船を認めていました。フルトンは再びリビングストンの支援を受けて蒸気船を建造することになりました。フルトンはさっそく蒸気船の建造に取り掛かりました。蒸気機関本体は英国の会社から取り寄せ、全長42.8メートル、排水量80トンの外輪式蒸気船が完成しました。この蒸気船は「ノース・リバー・スティームボート」と名付けられ、リビングストンの所有地の名前に由来し「クラーモント」と呼ばれました。
フルトンとリンビングストンは蒸気船の公開実験を1807年8月17日に行いました。同日午後1時、クラーモントはニューヨークの岸壁を出発しハドソン川を遡って最初の目的地クラモントに向かいました。出港直後に外輪が停止しましたが調整を済ませると順調に走り出しました。翌18日午後1時にクラモントに到着、150マイル先の最終目的地オールバニには32時間後に到着しました。
当時、通常の帆船ではニューヨークからオールバニまで4日間かかっていました。追い風を受けた場合は16時間で到着することができる帆船もありましたが風あっての快速でした。クラーモントが帰路に要した時間が30時間だったことから蒸気船が風や川の流れの影響を受けず安定した速度で航行できることを実証したのです。実験の成功後、同年9月4日にクラーモントによる営業運行を開始しました。
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