アイザック・ニュートンの「プリンキピア」出版(1687年7月5日)
1687年7月5日、アイザック・ニュートンの著書「プリンキピア」(自然哲学の数学的諸原理、プリンシピア)全3巻が出版されました。「プリンキピア」は現在の物理学に通じる古典力学の基礎をなすニュートン力学を解説したものです。天体の運動や万有引力の法則をはじめとした運動の法則が数学的に論じられています。
ニュートンが「プリンキピア」を出版するきっかけはエドモンド・ハレーが作ったと言われています。エドモンド・ハレーは1705年に軌道計算からハレー彗星の出現を著書「彗星天文学概論」で予言したイギリスの天文学者です。1680年代前半に月の観測や重力の研究を行っていたハレーはケプラーの惑星運動の法則を証明することができずにいました。
この頃、ニュートンはケンブリッジ大学のルーカス教授を務めていました。そのニュートンにもとに会いに来たのがハレーでした。1684年8月のことです。ハレーは自身が証明できずにいた「惑星が距離の平方に反比例する力で太陽に引き寄せられると仮定した場合、惑星が描く曲線はどのようになるか」という課題をニュートンに尋ねました。ニュートンはハレーの質問にすぐに「楕円」と答えました。ハレーはニュートンが既にケプラーの法則を証明していたことに驚きました。ニュートンは偉業を論文にしていなかったのです。
ニュートンは1684年11月に自身でまとめた論文「回転している物体の運動について」をハレーに送りました。ハレーはニュートンの力学の研究成果を論文にまとめるように薦めました。ニュートンはハレーのアドバイスを得て500ページにもなる論文をまとめあげました。
この論文の出版について王立協会が資金提供などを行うと約束をしていました。しかし、ちょうど出版間近に王位協会が財政的に厳しい状況になり資金提供ができなくなりました。そこでエドモンド・ハレーが出版費用のやりくりしました。こうしてあまりにも有名な「プリンキピア」は自費出版という形で1687年7月5日に初版が出版されたのです。
【関連記事】
・アイザック・ニュートンの「プリンキピア」出版(1687年7月5日)
・記録に残る最古のハレー彗星の接近の記録(紀元前240年5月25日)
・地球がハレー彗星の尾の外側を通過(1910年5月19日)
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