横書きは左から右に(1942年3月13日)
この記事をご覧になっているほとんどの方は当たり前のように文字を左から右へと追いながらすらすら読まれていると思います。しかしながら、ひと昔前の日本では横書きは右から左へと読むように書かれていました。
現在の日本語では漢字・ひらがな・かたかなの文字が使われていますが、もともと古代の日本には文字がありませんでした。日本人が漢字に初めて出会ったのは1世紀頃と考えられています。当時、中国大陸から伝わった金印や銅銭に漢字が書かれています。5世紀頃になると日本の地名や人名が漢字で記載された日本製の剣や銅鏡が作られるようになりました。日本人は日本語を表現する文字として漢字を積極的に使うようになり、やがてひらがなやかたかなを作り出しました。
この漢字の影響を受けて当初の日本語には縦書きしかありませんでした。縦書きは文字が上から下へと書かれ右から左へと行が進みます。縦書きが右から左へと行が進む理由として巻物に文字を書いていたことに由来するという説があります。左手に巻物を持ち、右手に持った筆で文字を書いていけば右から左へ行が進むことになります。
それでは横書きが使われるようになったのはどうしてでしょうか。それは横長の扁額(看板)や暖簾などに文字を書く必要性があったからに違いありません。右から左への横書き(右横書)の古い扁額(看板)や暖簾を見たことがある人も多いと思いますが、それらの横書きは1行ですから1文字で行を折り返す縦書きと考えることもできます。
江戸時代の後期になると蘭学が盛んになり横書きの書物が出版されるようになりましたが、本格的に横書きが使用されるようになったのは明治時代に入ってからです。この頃になると外国語や数字や記号を含む文書は右横書では都合が悪く、左から右への横書き(左横書)で書かれるようになりました。大正時代になると身近なものの多くの表記が縦書きから横書きに書き換えられるようになりましたが、右横書と左横書の文章が世の中に入り乱れるようになりました。
また同じ出版物の中で右横書と左横書の文章が併用されているものもたくさんありました。こうなると読者もどちらから読めば良いのか戸惑うことも多く文章の起点を記した出版物もありました。
こうした混乱を避けるため政府は昭和17年(1942年)3月13日に「横書統一案要綱」をまとめま「国語ノ横書ハ本要綱ニヨリ之ヲ左書トスルコト」と左横書を推奨しました。同年7月には国語審議会も横書きは左横書で統一するように答申しました。しかしながら当時は戦時中でもあり、欧米の言語と同じ左横書はいかがなものかという意見も出て統一するには至りませんでした。
戦後になるといっそう欧米化が進み右横書では読みずらいものが多くなり、次第に左横書が主流にとなっていきました。新聞も右横書から左横書を採用するようになりました。政府は昭和24年(1949年)4月5日に「公用文作成の基準について(依命通達)」を通達し、一定の猶予期間をもって左横書とするこことを定めました。昔の文書に使われているカナはカタカナで今となってはたいへん読みづらいのですが、このとき同時に文章に使うかな文字はひらがなに統一するよう定められています。
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