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2022年2月24日 (木)

月光仮面登場の日(1958年2月24日)

 月光仮面は川内康範原作でKRテレビ(TBS)と宣弘社が制作したテレビ番組です。昭和33年(1958年)2月24日、後にウルトラQをはじめとするウルトラシリーズ特撮ドラマを放送することになるタケダアワーの第1作目として放映が開始されました。

 月光仮面が企画された背景には前年にKRテレビで放送されていた武田薬品の一社提供の時代劇ドラマ「ぽんぽこ物語」が終了することがきっかけでした。「ぽんぽこ物語」を担当していた広告代理店の宣弘社は武田薬品の一社提供の番組枠を引き続き確保するため新番組の企画をすることとにしました。宣弘社は新番組の担当することになりましたが、あまりにも低予算だったため番組を制作してくれる会社を見つけることができませんでした。そこで宣弘社は広告代理店の域を超えて新番組を自作することにしました。これが宣弘社がテレビ番組を制作するきっかけとなりました。

 宣弘社の小林利雄社長はスーパーマンのようなヒーローを主人公とした新番組の制作を考え「ぽんぽこ物語」の脚本を担当していた川内康範に相談しました。さらに川内広範の紹介で映画プロデューサーの西村俊一が加わることになり3人で新番組の企画に取りかかりました。最初に西村が「鞍馬天狗」のようなヒーローを提案しましたが時代劇を制作するほどの予算がないため断念しました。そこで「鞍馬天狗」のようならヒーローを現代劇に登場させることになり、川内は「おどる仮面」の原案を作成しました。「おどる仮面」は人々が危機に直面したときにさっそうと現れるヒーローという設定でした。「おどる仮面」という名前がしっくりと来ない西村は悟りを求め衆生を救う菩薩にヒントを得て、薬師如来の左脇侍の日光菩薩から「日光仮面」を提案しました。川内と西村はさらにヒーロー像を掘り下げていき、正義とは唯一の存在であり、ヒーローは正義そのものではなく正義に味方するもの、満ち欠けする月のように完全な正義や善悪はないという立ち位置を考案しました。そしてヒーローの名前が薬師如来の右脇侍の月光菩薩から「月光仮面」と決まりました。

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函館市松風町の月光仮面のモニュメント 

 「月光仮面」の放送開始日は1958年2月24日と決まっていましたが、年が明けても具体的なことは何も決まっていませんでした。あわただしくスタッフや出演者を集めましたが何せ低予算での番組制作でしたから人脈で無名の人員が集められました。やっと撮影を開始したのは1月31日のことでした。撮影も小林社長の自宅や周辺で行い費用をかけずに行われました。撮影機材もゼンマイ式のカメラでした。バイクだけはホンダからドリームC70が提供されました。

 「月光仮面」の放送が開始するとすぐに子どもたちの間で大人気となりました。最高視聴率は70%に迫り主題歌のレコードも10万枚以上も売れました。当初は10分間のドラマでしたが30分の番組となり、これをきっかけに予算も十分につくようになりました。

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