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2022年2月 8日 (火)

ロカビリーの日(1958年2月8日)

 昭和33年(1958年)2月8日(土)、東宝が有楽町の日本劇場で第1回日劇ウエスタンカーニバルを開催しました。この催しは1週間に渡り開催され初日9,500人のべ45,000人の来場を記録し大成功を収めました。

 ウエスタンカーニバルは元々は1954年から有楽町の東京ヴィデオ・ホールで行われていましたがやがて会場が多くのファンで埋め尽くされるほど大盛況となりました。各バンドのメンバーは仕事やアルバイトをしながら音楽活動を行っていました。

 1955年1月に渡辺プロダクションを夫の渡辺晋社長と設立した渡辺美佐副社長は当時流行していたジャズに対して次世代に流行する音楽は何か探していました。このとき出会ったのが東京ヴィデオ・ホールのウエスタンカーニバルで演奏されていたロカビリーでした。渡辺美佐副社長は閑散期の2月に大きな劇場にウエスタンバンドを集めてウェスタンカーニバルを行う企画を思い立ちました。これを浅草の国際劇場に提案しましたが無名のバンドを集めても観客が来ないだろうという理由で断られてしまいます。続いて日劇レビューの演出を担当していた山本紫朗プロデューサーと一緒に東宝が運営する日本劇場に提案したところ最初は懐疑的だったものの2月の閑散期の開催ならばということで承諾を取り付けることができました。

日本劇場(1950年代)
日本劇場(1950年代)

 同じ頃、東京ヴィデオ・ホールのウエスタンカーニバルを実質的に運営し後に掘プロダクションの社長となるロカビリーバンド「スウィング・ウエスト」の堀威夫リーダーはもっと大きな劇場でウエスタンカーニバルをやりたいと考えていました。しかし、劇場に話をするつてもなく知人の渡辺晋社長に相談したところ渡辺美佐副社長を紹介されました。そして渡辺美佐副社長、山本紫朗プロデューサー、堀威夫リーダーの3人は第1回日劇ウエスタンカーニバルの開催に向けて準備を進めることになったのです。

 第1回日劇ウエスタンカーニバルはロカビリー三人男の平尾昌晃、山下敬二郎、ミッキー・カーチスらも登場し大成功を収めまたことで定期的に開催されることになりました。5月26日から2回目が開催され水原弘、井上ひろし、かまやつひろしの三人ひろしが登場しますます人気が高まりました。こうしてロカビリーは渡辺美佐副社長が考えていたとおり次世代に流行する音楽となったのです。そして1960年代後半にはグループ・サウンズが台頭し大流行したのです。

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