日本初の海外パックツアー開始(昭和40年 1965年1月20日)
第二次世界大戦が始まると日本政府によって一般人の海外旅行は規制されていました。第二次世界大戦後はGHQが日本人の海外旅行を厳しく制限しました。海外への渡航には仕事や留学などの目的がなければ許可されない状況が続きました。
昭和38年(1963年)4月に仕事による渡航が一般化されましたが、外貨の持ち出しは年間総額500ドル以内に制限されていました。観光旅行などの目的で自由に渡航できるようになったのは1964年東京オリンピック開催年の昭和39年(1964年)4月です。渡航年1回で外貨の持ち出しは500ドル以内の制限がありましたが、昭和40年(1965年)1月20日に日本航空が日本発の海外パッケージツアー「ジャルパック」の販売を開始しました。
昭和41年(1966年)1月に年1回の制限が外され渡航1回あたり500ドル以内の海外旅行が自由化されると富裕層を中心に海外旅行客が次第に増え始めました。しかしながら1970年代前半までは海外旅行は庶民にとっては高嶺の花でした。世界の観光地などを題材にしたテレビ番組が人気を博し多くの人々は「バーチャルな」海外旅行を楽しんだのです。また海外旅行を優勝賞品としたを視聴者参加型クイズ番組や懸賞付き賞品などが人気となりました。
札幌オリンピックが開催した昭和47年(1972年)には海外渡航者が100万人を超えました。1970年にはジャンボジェット・ボーイング747が就航し団体旅行の運賃が大きく値下げされました。また日本は1971年のニクソン・ショックまで1ドル360円の固定相場制でしたが1973年から変動相場制に移行したことにより円高が進み海外渡航費用が下がりました。1985年に為替レートの安定化を目的とした先進5カ国国によるプラザ合意が行われさらに円高が進みました。また米国を初めとした各国で日本人の短期滞在渡航ビザが免除になるなど海外旅行に行きやすい環境が整いました。
現在COVID-19の影響で海外渡航は制限されていますが、もうしばらく辛抱すると以前のように海外旅行ができるようになるでしょう。
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