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2022年1月17日 (月)

「今月今夜の月の日」はどんな月(1897年1月17日)

 「来年の今月今夜のこの月を僕の涙で曇らせてみせる」。尾崎紅葉の金色夜叉の舞台や映画の名場面、熱海の海岸で主人公の間貫一が許嫁だったのに別の男に嫁いだお宮を問い詰めて蹴り飛ばして言い放った言葉です。このとき2人を見守っていたのは夜空に輝く満月でした。

 さて、間貫一は小説では次のように言っています。

「吁、宮さんかうして二人が一処に居るのも今夜ぎりだ。お前が僕の介抱をしてくれるのも今夜ぎり、僕がお前に物を言ふのも今夜ぎりだよ。一月の十七日、宮さん、善く覚えてお置き。来年の今月今夜は、貫一は何処でこの月を見るのだか!再来年の今月今夜、十年後の今月今夜、一生を通して僕は今月今夜を忘れん、忘れるものか、死んでも僕は忘れんよ!可いか、宮さん、一月の十七日だ。来年の今月今夜になつたならば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから、月が月が月が曇つたらば、宮さん、貫一は何処かでお前を恨んで、今夜のやうに泣いてゐると思つてくれ」

 つまりこの出来事は1月17日のことです。金色夜叉が読売新聞に連載されたのは明治30年(1897年)、日本で暦が新暦(太陽暦)になったのは旧暦(太陰暦)の明治5年(1872年)です。ですから1897年1月17日は太陽暦になります。

 月齢カレンダーで1897年1月の月を調べてみると完全な満月は19日ですが、17日は月齢13.9でほぼ満月です。1897年1月17日を旧暦に換算すると1896年12月15日となります。太陰暦では毎月15日もしくは16日は十五夜の満月です。金色夜叉の1月17日は満月だったのは間違いないでしょう。

 さて新暦は太陽暦ですから今日の月と1年後の今日の月は異なります。たとえばこの記事を書いている2022年1月17日(旧暦2021年12月15日)の月は月齢14.4でほとんど満月ですが(満月は18日)、1年前の2021年1月17日(旧暦2020年12月5日)の月は月齢3.9で広義で言うところの三日月です。

 同様に金色夜叉1897年1月17日の1年後の1898年1月17日(旧暦1897年12月25日)の月を調べてみると月齢24.3の有明月です。次に満月になるのは3年後の1900年1月17日(旧暦1899年12月17日、月齢15.5 完全な満月は新暦16日)になります。1904年1月17日(旧暦1903年11月30日)の月は月齢29.2で新月の前日ですから夜空に月は見えません。

 ということで物語の行く末はともかく貫一が毎年の今月今夜に1月17日と同じ満月を見続けることはなかったのです。「月が涙で曇る」は月の満ち欠けのことにでもしておきましょう。

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