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2021年12月 7日 (火)

東京タワーが初公開(1958年12月7日)

 1950年代、東京タワーが建設される以前は各放送局が高さ180メートル未満の独自の電波塔を使って電波を送信していました。これによって電波塔が乱立することになり、放送を受信する側もチャンネルごとにアンテナの向きをその放送局の電波塔に向けなければなりませんでした。加えて200メートル未満の電波塔では電波が届く範囲も70キロメートル程度でした。

 このような背景の中、各放送局の電波塔を一本化し、遠くまで電波が届くようにするため当時としては世界一の電波塔を建設する計画が採用されました。1957年5月に日本電波塔株式会社が設立され、同年6月に着工しました。工事は1958年10月に終わり、着工から約1年半後の12月7日に初公開されました。なお、この日公開はプレオープンで正式なオープンではありません。

東京タワー
東京タワー

 東京タワーという名称が決まったのは初公開2ヵ月前の10月9日です。この日、名称審査会が行われ公募の中から新しい電波塔の名称が決まりました。公募には8万6,296通の応募があり、第一位は1,832通「昭和塔」で第二位が「日本塔」、第三位が「平和塔」でした。また当時皇太子だった明仁親王(明仁上皇)と正田美智子さん(上皇后美智子)さまのご成婚が近いことから「プリンス塔」という応募もあったそうです。

 公募を行ったのですから第一位の「昭和塔」が選ばれるのが常ですが、審査員だった弁士の徳川夢声が新しい鉄塔の名前は「東京タワー」がぴたりとしていると推挙しました。公募では「東京タワー」は13位、わずか233通の応募しかありませんでしたが、鶴の一声で「東京タワー」と決まりました。もし、徳川夢声の推挙がなかったら「昭和塔」になっていたことでしょう。

 こうして新しい鉄塔は東京タワーとして1958年12月23日に完工式が行われ正式にオープンしたのです。余談ですがこの日は明仁親王(明仁上皇)の誕生日でもありました。東京タワーが電波の送信を開始したのは1959年1月です。2012年2月に東京スカイツリーが完成し、東京タワーは電波塔としての役割を終えましたが、開業から60年以上も東京の街を見下ろし続けているのです。

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