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2021年12月26日 (日)

シェイクスピアの悲劇リア王の初演(1606年12月26日)

 12世紀の「ブリタニア列王史」は中世イングランドのキリスト教聖職者で歴史家でもあったジェフリー・オブ・モンマスが書いた2000年に及ぶグレートブリテン島を支配してきた王たち生涯を綴ったものです。この列王史から生まれた有名な物語には「アーサー王物語」があります。

 アーサー王は伝説上の人物で実在していません。実は「ブリタニア列王史」はいかにも歴史書のように書かれていますがほとんどフィクションです。歴史書としては偽史書ということになりますが、中世文学としては評価されています。

 この「ブリタニア列王史」の中にブリテンのレイアという伝説の王の物語があります。レイアは父の後を継いでブリタニア王となり60年間君臨しました。レイア王には王位を継承する息子がいませんでしたが、3人に娘ゴルノリラ・レガウ・コルデイラがいました。

 レイア王は王位を退くにあたり国を3人の娘とその婿となる者に分配すると決めました。長女ゴルノリラと次女レガウはレイア王のご機嫌を取ろうとレイア王を愛していると表明しました。しかし、三女コルデイラは娘が父を愛しているのは当然であり口に出すようなものではないと率直な応答をしました。レイア王は末っ子であるコルデイラを最も溺愛していましたがこの応答に激怒しました。

 レイア王はゴルノリラとレガウに婿を取らせ国を二分して与え、コルデイラには何も与えませんでした。やがてコルデイラは結婚しイギリス海峡を渡った先にあるガリア(フランス)に移住することになりましたが、レイア王は結婚を認めたものの祝い金は持たせませんでした。

 やがて年老いたレイアは娘を頼り長女ゴリノリアの元を訪れます。ゴルノリアラの夫はレイアを歓迎しましたが、ゴルノリアは冷たい対応をしました。レイアはゴリノリアに失望し、次女レガウの元を訪れます。するとレガウはレイアをゴルノリアより冷遇しました。

 2人の娘に失望したレイアは身の危険を感じるようにもなり、三女コルデイラを頼ってガリアに向かいます。コルデイラと夫はレイアを厚遇し、父親を復権させることを約束します。コルデイラ夫婦とレイアは大軍を率いてブリテン島に向かいゴリノリアとレガウから国を取り戻しました。その後、レイアは王に復権し3年に渡ってブリテンを統治し、その後はコルデイラが王位を継承しました。こうしてレイア王の物語は大団円(ハッピーエンド)で終わります。

 この「ブリタニア列王史」のレイア王の物語を元に創作されたのがウィリアム・シェイクスピアの四大悲劇のひとつ「リア王」でした。レイア王の物語と同様に、リア王は長女ゴネリルと次女リーガンに冷遇され三女コーディリアとともに国を取り戻そうとしますが返り討ちに遭います。コーデリアは処刑されリア王はコーデリアを抱きながら失意のもとに狂乱しこの世を去るという悲劇的な結末を迎えます。

シェークスピアと「リア王」四折版(1608年)
シェークスピアと「リア王」四折版(1608年)

 「リア王」は1607年11月26日に出版されましたが、初演は前年の1606年12月26日に行われたと記録が残っています。初演はロンドンのテムズ川南岸にあったグローブ座で上演されたと考えれています。

 ところで1594年に作者不詳の「レア王」という物語が登録され同年に劇は上演されたという記録が残っています。この「レア王」は「リア王」と異なり悲劇ではなく、レアは王位に復権しています。「レア王」が出版されたは1605年でシェークスピアの「リア王」は「レア王」を材源に創作されたものと考えられています。シェークスピアは当時の英仏戦争や宗教的な争いを背景に「リア王」の結末をイギリスが勝利を収める悲劇としたのです。

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