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2021年11月17日 (水)

マウスの特許公開(1970年11月17日)

 マウスはパソコンを操作するのに欠かせない入力機器ですがその歴史はコンピュータでマウスが使われていなかった時代に遡ります。

 マウスは米国のダグラス・エンゲルバートによって発明されました。第二次世界大戦末期の1944年、オレゴン州立大学に在学中のエンゲルバートは徴兵によってアメリカ海軍に入隊しフィリピンで沿岸警備隊のレーダー技師として1946年まで働きました。この2年間の間に米国の技術者ヴァネヴァー・ブッシュの論文「As We May Think」 を読み衝撃を受けたといいます。

 ブッシュは1930年代に情報検索システム「Memex(メメックス)」の概念を発表し、あらゆる情報が蓄積され検索することができる通信機能を備えた装置を提唱しました。Memexはマイクロフィルムに情報を記録することができ、また記録した情報はインデックス化されており、キー操作で瞬時に検索できるものでした。また記録されたマイクロフィルムは鎖のようにつなぎ合わせることができ、枝分かれさせたり、コメントをつけたりすることができるようになっていました。Memexは単なる索引付け検索システムではなく人間の連想と同様な情報蓄積と情報検索を実現するものだったのです。ブッシュはMemexを個人の記憶の拡張するものと考え、その構想を広げていきました。そして、その考えを論文としてまとめAtlantic Monthly誌1945年7月号で発表したのです 。As We May thinkには現在でいうところのパソコン、インターネット、WWW、ウイキペディア、マルチメディアなどの発明が予想されていました。

 さてエンゲルバートは戦後に大学に戻り電気工学を学びました。卒業後いったん就職しましたが、As We May thinkの構想に基づいた環境を実現することを夢見てカリフォルニア大学バークレー校大学院に進学し電気工学を学びました。エンゲルバートはレーダー技師の経験から情報を可視化できることを知っていました。コンピュータは単なる計算機ではなく対話型となり、情報を検索して問題解決するために利用できると考えていました。1995年に博士号を取得し大学に残りましたが自分の考えていることを実現することはできないと考えて1年で退職しました。その後、会社を創業しましたがAs We May thinkの構想の実現を諦めることができずこの会社も1年で閉じてしまいました。

 エンゲルバートは1957年にスタンフォード研究所(現SRIインターナショナル、SRI International)に入所しました。ここで実績をあげたエンゲルバートは1962年に「Augmenting Human Intellect: A Conceptual Framework(人類の知性の増強: 概念的フレームワーク)」、という報告書を作成しAs We May thinkの構想の実現に向けた研究を提案しました。このエンゲルバートの報告書が評価され、国防高等研究計画局ARPA(現DARPA)が研究を支援することになりました。

 エンゲルバートは1960年代半ばまでにビットマップによる画面表示、マウス、ハイパーテキスト、グループウェア、グラフィカルユーザインタフェース (GUI) などを考案しました。パソコンも存在しておらず、ソフトウェアも目的に対応した一本プログラムでしかなかった時代に現在のコンピュータ環境の基礎となる要素を開発していたのです。

 エンゲルバートは1967年に「X-Y position indicator for a display system"(表示系のX-Y位置指示装置)」の特許を申請し、1970年11月18日に特許を取得しました。この装置は縦方向と横方向の2つの金属の円盤で位置を決めるもので、コードのついた装置がネズミのように見えたためマウスと名付けられました。今ではコンピュータの操作に欠かせないマウスですが当時はマウスを使うことができるコンピュータは一般には存在していませんでした。マウスの特許は1987年に失効し、エンゲルバーとはマウスの発明で特許のライセンス料を受け取ることはできませんでした。

ダグラス・エンゲルバートとマウス特許の図
ダグラス・エンゲルバートとマウス特許の図

 1968年12月9日、ダグラス・エンゲルバートはコンピュータ会議 (Fall Joint Computer Conference)で自身が開発したマウスをはじめとするコンピュータの要素技術を公開しました。世界初の対話型コンピュータのデモンストレーションを行い、マウスを使ってネットワーク化されたコンピュータシステムを動かし、ハイパーテキストとリンク、テキスト編集、マルチ・ウィンドウ、CRTディスプレイ、テレビ会議などを実演した。このデモは「Mother of all demos(全てのデモの母)」と呼ばれています。エンゲルバートにとっては自身が温めてきたAs We May Think構想を実現するデモだったことでしょう。

1968 “Mother of All Demos” by SRI’s Doug Engelbart and Team

 最期にAs We May thinkはエンゲルバートに影響を与えただけでなくコンピュータネットワークの概念を生み出したジョゼフ・カール・ロブネット・リックライダーやハイパーテキストやハイパーメディアを生み出したテッド・ネルソンにも影響を与えました。

 いまやコンピュータネットワークは装置と装置だけでなく人と人をつなぐプラットフォームです。As We May Thinkに刺激された技術者の成果が次々にリンクされた結果として現在のインターネットが成り立っていると考えると感慨深いものがあります。

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