ソ連がスプートニク2号を打ち上げ(1957年11月3日)
ソビエト連邦(ソ連)は1957年10月4日(後の宇宙開発記念日)に世界初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功すると、すぐにスプートニク2号の打ち上げ準備に取り掛かりました。ソ連はこのスプートニク2号にイヌを搭乗させました。スプートニク2号は単なる人工衛星ではなく有人宇宙船の可能性を探るものだったのです。
スプートニク2号に搭乗した犬は名前は当初はよくわからなかったのですが、当時のソ連の関係者はこの犬のことを「クドリャフカ 」と呼んでいました。しかしながら、ニューヨーク・タイムズが犬はライカ犬と発表したことをきっかけに「ライカ」という名前が世界中に知れ渡り、ソ連も犬の名前を公式に「ライカ」と発表しました。ライカは犬種はよくわかっていませんが雌犬で体重は5 kg、性格は我慢強く他の犬と争うことはなかったようです。
ライカを乗せたスプートニク2号は1957年11月3日、バイコヌール宇宙基地からR-7ロケットで打ち上げられました。軌道投入までは予定通り進みましたがロケットとの分離に失敗しロケットと一緒に軌道を周回することになりました。これによって温度制御ができなくなり船内の温度が41℃まで上昇しました。
ライカを乗せたスプートニク2号は機密が保たれ生命維持装置が備えられていました。しかしながら、地上へ帰還するための設備はありませんでした。打ち上げから1週間後の11月10日には通信が途絶え、162日後の1958年4月14日に大気圏に突入し燃え尽きました。
当初、ソ連はライカは打ち上げ10日後に安楽死したと報告していまいたが、後年の関係者が論文でライカは打ち上げから数時間後にストレスと船内の温度上昇で死んでいた可能性が高いと発表しています。
ライカの尊い命が失われましたが、スプートニク2号の打ち上げは後のユーリ・ガガーリンによる有人宇宙船の成功への第一歩となりました。打ち上げから40年後、モスクワの航空宇宙医学研究所にライカの記念碑が建てらました。
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