帝国ホテル新館ライト館の落成記念式(1923年9月1日)
帝国ホテルは東京に官庁を集中させる計画の中で外国要人の接客を目的として建設され明治28年(1890年)11月7日に開業しました。帝国ホテルの初代会長は渋沢栄一が務めています。
大正5年(1916年)に帝国ホテルの総支配人、林愛作はアメリカ人建築家フランク・ロイド・ライトと新館設計の契約を結びました。建設用地の調達に難航しましたが、大正8年(1919年)9月に新館の建設に着工しました。
ライトは新館の建設にあたって材料の調達から建物の構造まで管理し、豪華で安全性の高いホテルの建設をめざしました。そのため新館の建造には予算を大幅に上回る費用がかかりました。加えて1919年に営業中の帝国ホテルの別館が全焼、1922年には本館まで出火で全焼してしまったため、新館の早期完成が求められました。新館の設計は何度も見直され、建設費用は予算150万円に対して900万円以上となりました。これによって帝国ホテルとライトとの関係が悪化し、林は引責辞任、ライトも帰国してしまいます。営業中の建物が消失した中、未だ建設途中の1922年7月に新館の営業が開始しました。
ホテルの建設はライトの帰国後も続けられ、大正12年(1923年)7月に完成しました。このライト館と呼ばれる新館は正面に建物本体があり、正面庭の池を挟むように2つの建物が本体の翼のように配置されています。建物はジョイントでつなぎ合わされた10個の構造物からなる耐震性に配慮された構造で、また防災に配慮し全館スチーム暖房の設備が整え、動力源も電気としました。
1923年9月1日、帝国ホテルの新館の落成記念式典が行われるこの日、帝国ホテルの職員はその準備のために朝から忙しく働いていました。同日午前11時58分32秒、あたりが急激に揺れ出し10分以上も地震の主要動が続きました。震源地は相模湾北部、死者および行方不明者10万人以上の被害を与えた関東大震災が起こったのです。
この地震で多くの建物が倒壊し、火災で消失しましたが、帝国ホテルの新館はライトの防振・防火の対策によってわずかな被害が出ただけで、倒壊も火災も免れました。帰国していたライトはこの話を手紙で知り自分の設計が正しかったと大喜びしました。
震災直後、有楽町の焼け野原の中でほとんど無傷の帝国ホテルが佇んでいました。帝国ホテルは避難している人々への炊き出し、大使館や通信社などの企業に客室を事務所として貸し出すなどの対応を行い復興の拠点として役割を果たしました。
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