マゼランが世界一周航海に出発(1519年9月20日)
大航海時代にポルトガル出身のスペインの航海者フェルディナンド・マゼランが世界一周を果たしことは有名な話です。
マゼランは1480年頃にポルトガルに生まれ、子どもの頃にコロンブスやバスコ・ダ・ガマの活躍を知り航海士になりたいと考えるようになりました。ポルトガルはインド洋の覇権を目指し1509年に大艦隊を派遣しますが、マゼランはこの派遣に加わり航海を初めて経験しました。
マゼランはその後もポルトガルの航海に参加し活躍しますが、冤罪をかけられたことによりポルトガル王との関係が悪化したことでスペインと契約を結びました。マゼランはスペイン王に西回りの航路の優越性について唱え、スペインはマゼランに艦隊を任せることにしました。
マゼランは支援者たちとともに1518年末に出港の計画を立てますが、長期にわたる航海の準備に予想以上に時間がかかり、1519年の夏を迎えても出向の準備は整いませんでした。いつまで経っても出港しないマゼランに対しスペイン王は、準備が整っているかどうかに関わらず1519年8月10日に出港することを命じました。
マゼランはやむを得なく8月10日にスペインのセビリアを出港しますが準備が整っていないため一度大西洋側に出て北上しサンルーカル・デ・バラメーダに寄港しました。ここで1ヶ月以上の時間をかけて準備を整え、実際には1519年9月20日に世界一周の航海に旅立ちました。
マゼラン艦隊は1522年9月8日に出発地のスペインのセビリアに到着し地球一周を果たしましたがマゼランは帰らぬ人となっていました。
マゼランがどうなったのかは関連記事の「太平洋記念日」をご一読ください。
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