富士山測候所記念日(1895年8月30日)
富士山頂剣ヶ峯に自動気象観測装置で無人で気象観測をしている富士山特別地域気象観測所があります。ここにはかつて富士山測候所が設置されていました。富士山頂気象観測所が設置されたのは1936年、当時としては世界で最も高い場所にある気象観測所でした。2004年の自動気象観測装置の導入までは有人の観測所でした。
今から約130年前、大学予備門(東京大学の予備機関)に野中到(のなかいたる)という学生がいました。到の実家は筑前国(現・福岡県)でしたが、東京控訴院で判事をしていた父から医者になるように求められ大学予備門に入学しました。ところが、在学中に気象学に興味をもつようになりました。中央気象台の技師と知り合い、日本の気象学が世界に比べてたいへんに遅れていることを知り、富士山頂に気象観測所ができれば天気予報が当たるようになると考えたのです。
富士山頂に気象観測所ができれば日本の気象学は発展することは間違いありませんでした。しかし、高度3776メートルの富士山頂の環境を考えると、そこに気象観測所を建設することはまるで決死隊の挑戦と同じで困難を極めるものだったのです。その効果を認めながらもリスクが大きいと反対する技師に対して、到は自らが民間人の立場で決死隊となって挑戦することを決意します。そして、1889年に大学予備門を中退し、富士山頂の気象観測所の設置の準備を進めました。準備を進めると言っても学生の到にとって多額の資金を集める必要があり、決意だけで簡単に実現できるものではありませんでした。
到が医者になることを希望していた父は到の計画に反対しますが、到の挑戦が成功すると日本のために大いに役に立つと理解を示し、福岡の実家を売却して到に資金を提供しました。1895年、到は御殿場で富士山頂気象観測所の建設準備を進め、同年2月に登山し富士山頂で越冬が可能であることを確信します。御殿場には到の妻の千代子も同行し、食料の調達の準備などを行い到を支えました。このとき千代子は到と一緒に登山して気象観測を手伝いたい考えていましたが、その思いを到に伝えることはありませんでした。
富士山長気象台の建設準備は順調に進み、ついに1895年8月30日に約6坪の気象観測用の小屋が完成しました。小屋は風が強くて雪が吹き飛ばされて積もらない剣ヶ峰に建てられました。小屋が完成すると千代子は到に東京へ戻ると告げて御殿場を後にしました。実は千代子は到と一緒に小屋で越冬する準備をするために実家の福岡に娘を預けにいったのです。千代子の父母は娘の挑戦に賛成し、千代子は登山と越冬のための厳しい訓練を始め身体を鍛えたのです。
到は富士山閉山後の10月に小屋に戻り、富士山頂での気象観測を始めていました。千代子は10月半ばに仲間の協力を得て登山し到のいる小屋を訪れました。到は予想外にやってきた千代子に対して翌日下山するように言いますが、千代子は到のやつれた姿を見て小屋に留まると言い張り、ついに到もこれを認めました。仲間たちが下山し、到と千代子の夫婦2人での富士山頂で越冬の気象観測が始まりました。
2人は交代で気象観測を行いましたが、剣ヶ峰のあまりの寒さで寝不足が続き、高山病と栄養失調が重なり、ついに体調を崩してしまいました。たいへんな困難の中、命をかけて気象観測を続けるも、いよいよ死を覚悟した矢先の12月のある日、小屋の戸を叩く音が聞こえました。麓から2人が慰問にやってきたのです。2人は到と千代子を見るやいなや極寒での気象観測が限界に達していることを理解し下山を強く進めますが、到は気象観測を中断できないと言い張り、下山したら夫婦は元気だったと報告するように頼み2人を追い返してしまいました。
下山した2人は到と千代子の状態が危機的であることを報告しました。すぐに中央気象台の技師や地元の警察や強力による救援隊が組織され小小屋へと向かいました。このとき到は救出されることを拒否して気象観測の継続を主張しましたが、救援隊は到と千代子を小屋から連れ出し下山しました。越冬を開始して約80日後の12月22日のことでした。
到と千代子の夫婦による富士山頂での越冬気象観測は頓挫してしまいましたが、命懸けの挑戦は大反響となり翌1896年には演劇が上演され、さらに実録小説が刊行されました。
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