ビル・ヘイリー「ロック・アラウンド・ザ・クロック」発売(1954年5月15日)
ロック・アラウンド・ザ・クロックを初めて聞いたのはアメリカのテレビ・ドラマ「Happy Days」のオープニングを見たときです。なんとノリの良い曲だったことでしょう。
このドラマは1950年代の高校生たちの青春コメディドラマで、米国では1974年から1984年まで放送されました。日本で初めて放送されたのは1978年です。当時、自分は高校生でロックンロールやハードロックを聞いていましたが、ちょうどこの頃ビートルズがデビューする前の1950年代のロカビリーが再燃し始めていたころでした。当時は矢沢永吉さんのキャロルや宇崎竜童さんのダウン・タウン・ブギウギ・バンドなどの影響もあり、リーゼントやロックンロールが流行っていましたので、過去への回帰もあったのかもしれません。
さて、話をもとに戻しましょう。ロック・アラウンド・ザ・クロックは1952年にアメリカの作曲家マックス・C・フリードマンとジェームズ・E・マイヤーズが共同で作曲した楽曲です。実際には2人のどちらが作曲したのかはよくわかっていません。完成した曲はビル・ヘイリーに提供されましたが、ビルが所属していたエセックス・レコード社とマイヤーズの関係がこじれていたため、レコーディングは見送られました。
ビルの友人だったソニー・デイが1954年3月20日にアーケイド・レコード社から「ソニー・デイ・アンド・ヒズ・ナイツ」の名でこの曲をリリースしました。続いて1954年にビルのエセックス・レコード社からデッカレコード社への移籍をきっかけに、同年5月15日、ビル・ヘイリーのシングルレコード「ロック・アラウンド・ザ・クロック」がリリースされました。
ソニー・デイとビル・ヘイリーの「ロック・アラウンド・ザ・クロック」は競作に近いもので、どちらがオリジナルでどちらカヴァーという関係にはありませんでした。「競作」とは一つの作品を複数の歌手に歌わせる曲のことです。
ビルの「ロック・アラウンド・ザ・クロック」は映画「暴力教室」の主題歌として起用され、全米チャートで8週連続1位の大ヒットとなりました。「ロック・アラウンド・ザ・クロック」が採用されたのは、主演で教師役のグレン・フォードの息子ピーター・フォードがレコードを持っていて、非行少年の雰囲気に合う主題歌を探していた映画監督リチャード・ブルックスにこの曲を紹介したからと言われてます。「ロック・アラウンド・ザ・クロック」以前にもロックンロールは存在していましたが、この曲の大成功が世界的なロックンロール流行のきっかけとなりました。
Rock Around The Clock - Happy Days Theme
Bill Haley & His Comets
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