北極の日(1909年年4月6日)
1909年4月6日はアメリカの探検家ロバート・ピアリーが西洋人としては世界で初めて北極点に到達しました。このことを記念して4月6日は「北極の日」とされています。
ロバート・ピアリーは 1856年5月6日にペンシルベニア州クレソンで生まれました。幼い頃に父親を亡くしメイン州ポートランドで育った。ボウドイン大学を卒業後、国家測地学研究所に入社しましたが、1881年に土木技師として海軍に入隊した。
1885年にニカラグア運河の測量主任となり、1888年までニカラグアの調査を行いました。ニカラグア運河は建設されませんでしたが、この期間中の1886年にピアリーは初めて北極圏を訪れる機会を得て、犬ぞりでグリーンランドを横断しようとしましたが食料不足で引き返しました。このことがきっかけになって北極圏の探検に興味を持つようになりました。
1891年、ピアリーは準備を整えてグリーンランドに向かいインディペンデンス・フィヨルド(現在のピアリーランド)が半島であることを確かめ、グリーンランドがひとつの島であることを証明しました。1897年までに4回のグリーンランド探検を経て、1898年に北極点到達に挑戦しましたが失敗に終わり、凍傷で足の指を8本失いました。1906年までに4回挑戦、4回目は北極点まで280キロメートルの地点に到達しました。この成果に対してナショナル・ジオグラフィック協会がピアリーをハバード・メダルを贈り、探検の資金を援助しました。
探検の支援を受けたピアリーは1909年4月6日、ついに念願の北極点の到達に成功しました。ピアリーと従者マシュー・ヘンソンを含む総勢24名の探検隊が出発しましたが、途中で体調不良となった隊員が引き返し、最終的にピアリーとヘンソンおよび4名のエスキモーが北極点に到達しました。
ピアリーの北極点到達はアメリカで大きな話題となりましたが、かつてピアリーとグリーンランド探検をともにしたフレデリック・クックが1908年4月8日に北極点に到達していたと発表しました。これに対して調査委員会が設置され、クックが北極点の数百キロメートル手前までしか到達していなかったことがわかり、ピアリーが最初の北極点に到達したと結論づけました。
現在ではピアリーが到達した地点は北極点から6キロメートル離れた北緯89度57分の位置だったことがわかっています。また、その後の調査の中にはピアリーの北極点到達を疑問視する報告もあるようです。
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