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2021年2月 3日 (水)

札幌オリンピック開幕(1972年2月3日)

 日本で初めて開催されたオリンピックは1964年の東京オリンピックです。1964年東京オリンピックはアジアで開催された初めての夏季オリンピックにもなりました。

 実は日本よびアジアでの初のオリンピックは1940年に開催されるはずでした。1940年に夏季オリンピックが東京で、冬季オリンピックが札幌で行われることが決まっていました。しかしながら、1937年に開戦した日中戦争の激化や当時の世界情勢の中での日本の立場を鑑み、日本政府は1940年の東京オリンピックと札幌オリンピックの開催の権利を返上したのです。

 第二次世界大戦後、1964年東京オリンピックの開催が決まると、過去の経緯から札幌オリンピック開催の気運が高まりました。札幌は1968年の冬季オリンピックの開催地として立候補しましたが投票で負けてしまい実現は叶いませんでした。しかし、1972年の開催地としての立候補の投票では過半数を獲得することができ、1972年札幌オリンピックの開催が決まりました。1972年札幌オリンピックは同年(昭和47年)2月3日から2月13日まで行われ、日本およびアジアで初めて開催された冬季オリンピックとなりました。

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1972札幌オリンピックのポスター

 自分は1972年には北海道釧路市に住んでいました。当時は小学校の中学年でした。北海道の学校では運動会の他に冬になるとスキー大会やスケート大会が開かれます。釧路市はスケートが盛んで、学校ではスケート大会が開かれていました。多くの子どもたちはスピードスケートの靴で滑ります。ホッケーも盛んに行われていました。一方、スキーについては、釧路市内は坂がほとんどありませんのでほとんど滑る機会がありませんでした。平地ではスキー板で地面を蹴ってスケーティングで進むぐらいですから、スケートの方が楽しかったのです。それでも、スキーには興味があり、テレビで大会などをよく見ていました。

 そのような背景で始まった1972年札幌オリンピックですが、やはりスキー競技よりもスケート競技に興味がありました。ボブスレーやリュージュ、バイアスロンなどの競技は札幌オリンピックで初めて認識した記憶があります。また、テーマ曲の「虹と雪のバラード」もテレビをはじめとして至る所でかかっていました。確か実家には記念コインの100円とシンボルロゴを横向きにしたネクタイピンがあったと思います。今度、実家に戻ったときにでも探してみよう。

 スケート競技では当時は有力な日本人選手がいなかったため、友達ともあまり盛り上がらなかったように思います。フィギュアスケートで銅メダルを取得した米国のジャネット・リン選手は大人気でした。ジャネット・リン選手はフリーでスピンで転倒して尻もちをついてしまいましたが、演技そのものは美しく高得点を獲得しましたが、当時の規程のコンパルソリーフィギュアが不得意だったため銅メダルとなりました。転んでも笑顔で滑り続けるジャネット・リン選手の姿は全世界の人々を感動させました。日本では「札幌の恋人」「銀盤の妖精」と呼ばれ、大人気となりコマーシャルにも出演ししまた。

 さて、スキーの方もアルペンスキー、クロスカントリーでは日本人選手の活躍はありませんでしたが、ノルディック複合では北海道の勝呂裕司選手がメダルは逃したものの5位となりました。そして、1972年札幌オリンピックでの日本人選手の活躍と言えば、スキージャンプ70メートル級で金メダルを獲得した笠谷幸生選手、銀メダルを獲得した金野昭次選手、銅メダルを獲得した青地清二の「日の丸飛行隊」でしょう。90メートル級も期待されましたが、残念ながらメダルの獲得には至りませんでした。

 「日の丸飛行隊」の話は70メートル級の競技が行われた2月6日に記事をアップする予定です。

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