世界初の蒸気機関車の試運転(1804年2月21日)
蒸気機関車の発明というとイギリスのジョージ・スティーブンソンとその息子のロバート・スティーブンソンの親子と思われていることが多いのですが、蒸気機関車を発明したのはスティーブンソン親子ではなくイギリスのリチャード・トレヴィシックです。
トレヴィシックはワットの蒸気機関にヒントを得て、1799年に高圧蒸気機関を開発しました。1801年に高圧蒸気機関エンジンを搭載した蒸気自動車「パフィング・デヴィル号」を作り、同年12月24日にコーンウォールの町カンボーンで数名を乗せて走行するデモンストレーションを行いました。この蒸気自動車は走行距離が短く実用的ではありませんでした。
その後、シュロップシャーの村コールブルックデールで線路を走行する蒸気機関車を開発したという記録が残っていますが、実際にこの蒸気機関車が走行したかどうかはわかっていません。
1803年には長距離を走行できる蒸気自動車「ロンドン蒸気車」を開発し、ロンドンのホルボーンとパディントンの間を往復するデモンストレーションを行いましたが、燃費が高く、乗り心地も悪かったことから、実用化されませんでした。
この頃、ウェールズの町マーサー・ティドヴィルで製鉄業が盛んになり、製鉄所からウェールズの都市カーディフまで鉄製品を運ぶための鉄道馬車が運用されていました。1802年、製鉄所のオーナーのサミュエル・ホンフレイはトレヴィシックの高圧蒸気機関を搭載した蒸気機関車ペナダレン号を製作し、翌年にはトレヴィシックから蒸気機関車の特許を購入しました。
1804年2月21日、ペナダレン号は10トンの鉄を70名の乗客が乗った5両の客車を牽引し、ペナダレインからアベルカノンまでの16 kmの距離を時速3.9 km/hで4時間5分かけて走破することに成功しました。
このとき、ホンフレイはペナダレイン号が走破できるかどうか知人と賭けをしていました。ホンフレイは走破できる方に賭け、知人は走破できない方に賭けました。当時、レールと車輪のみでの走行は動輪が滑るため困難と考えられていましたが、線路の勾配が緩かったためペナダレイン号は16 kmを走破することができ、ホンフレイが賭けに勝ちました。
こうして世界初の蒸気機関車の走行は成功しましたが、この鉄道はレールが破損しやすかったり、蒸気機関車が故障しやすかったりするなどの理由により実用化までには至らず、のちに馬車鉄道に戻されました。
その後、鉄道の実用化に成功したのがスティーブン親子でした。鉄道発展への貢献が大きく評価されたことから、スティーブン親子が(実用的な)蒸気機関車の発明者と言われるようになりました。スティーブン親子の話は後日紹介します。
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