「平成」の世が始まる(1989年1月8日)
1989年1月7日(土)、この日は東北新幹線で帰省先から帰京した日です。当時、東北新幹線の下りの始発駅は盛岡駅でした。盛岡駅で特急を降り、東北新幹線のホームに立ったときに、目に入ったのが昭和天皇崩御を伝える電光掲示板の速報でした。お昼前ぐらいのことです。この日は朝日の出る前から移動を開始し、当時はスマホなどもありませんでしたので、移動中は昭和天皇の崩御を知る由もありませんでした。
昭和天皇は1987年頃から体調を崩されていました。1988年9月に「天皇陛下ご重体」のニュースが流れると、日本全国が自粛ムードとなりました。年末にかけて連日のように天皇陛下の病状が血圧や脈拍とともにテロップで流されていました。そして、1989年1月7日午前6時33分に皇居吹上御所において崩御されました。宝算87歳でした。
昭和天皇の崩御に伴い、明仁親王が皇位を継承し、第125代の天皇に即位しました。皇位継承により、1979年に施行された元号法に基づいて改元の政令が出され、当時の小渕官房長官が新しい元号は「平成」とし、1月8日をもって平成元年とすることを記者会見で発表しました。
ところで、元号はもともと大日本帝国憲法で定められていましたが、戦後の日本国憲法には元号に関する条文がなくなりました。そのため、元号は法的根拠がなく慣例として使われている状態でした。昭和天皇が75歳を迎えられた頃から、元号の行末に注目が集まるようになりました。1976年の世論調査では国民の多くが元号を使用していると回答しており、その結果を踏まえて1979年6月に「元号法」が成立し、12日に公布と施行がなされました。「昭和」の元号もこの法律で定められたことになっています。
新しい元号を決めるあたり、1988年9月頃までに最終案として絞り込まれていたのが「平成」と「修文(しゅうぶん)」と「正化(せいか)」でした。昭和天皇が崩御した1989年1月7日に元号に関する有識者会議が開かれ、8人中5人が「平成」を支持したと言われています。また、「修文」と「正化」は頭文字のSが昭和と区別がつかなくなり、「平成」はHで据わりが良いという指摘があったようです。「平成」は東京大学名誉教授で東洋史学者の山本達郎氏が考案したものと言われています。
「平成」の世は平成31年(2019年)4月30日まで続きました。平成は昭和の半分しかありませんでしたが、思い起こせば様々なことがありました。ベルリンの壁の崩壊、米ソの冷戦終結、湾岸戦争、バブル経済の崩壊と失われた10年、自民党の55年体制の崩壊、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、アメリカ同時多発テロ、イラク戦争、世界金融危機、東日本大震災・・・いろいろなことがありました。
そして、平成はなんと言ってもテクノロジーが一段と進化した時代でもあります。今では当たり前の存在のインターネットや通信端末ですが、IT革命が人々の生活を大きく変えました。その他の技術革新もたくさんありました。
平成の世が終わって令和と移り変わりました。新しい時代を迎えた矢先に新型コロナウイルスに直面してしまいました。再び緊急事態となり、たいへんな状況が続いていますが、何とか乗り越えて、この事件を歴史の1ページへと封印したいものです。
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