ゴールデン・ゲート・ブリッジが建設開始(1933年1月5日)
カリフォルニア州とサンフランシスコのシンボルのひとつゴールデン・ゲート・ブリッジ(金門橋)。この橋は北アメリカ大陸の西海岸のサンフランシスコ半島北端のカリフォルニア州サンフランシスコとマウス郡サウサリートを結ぶ吊り橋です。サンフランシスコ湾と太平洋が接続するゴールデンゲート海峡を超え、米国国道101号線とカリフォルニア州道1号線を接続しています。
当初はゴールデン海峡はフェリーで結ばれていましたが、やがて多くの人が橋の建設を望むようになりました。しかしながら、ゴールデン海峡の幅は最長で約4.8キロメートル、最短で1.8キロメートルあり、その深さは113メートルもありました。さらに強い潮の流れ、強風や深霧により、ここに橋を架けることは容易なことではありませんでした。
この困難なプロジェクトに挑戦したのは当時としては革新的な跳開橋を設計したエンジニアのジョセフ・ストラウスです。ストラウスは過去に多くの橋の設計をしていますが、ゴールデン・ゲート・ブリッジの建設にはさらなる技術革新が必要でした。ストラウスはゴールデンゲートブリッジのチーフエンジニアとなりましたが、専門のエンジニアが必要とし、デザインと色彩についてはアーヴィング・モロー、土木建設の検証についてはチャールズ・アルトン・エリス、レオン・モイセイフを加えました。
1933年1月5日、ゴールデン・ゲート・ブリッジの建設が開始されました。建設予算は当時の額で3,500万ドル、現在の額に換算すると約5億2300万ドルになります。ストラウスはプロジェクトの責任者とし、毎日工事を監視し続けました。労働者の安全に配慮し、橋の下にネットを張りました。このネットにより19名の命が救われました。しかし、工事完了間近の1937年2月17日に足場の落下によりネットが故障し、11人の労働者が命を落としました。工事は予定より早く進み、費用も予算より130万ドル下回りました。約4年の歳月を経て、1937年4月19日に工事が終了、5月27日に開通式が行われました。
完成したゴールデン・ゲート・ブリッジの全長は2,737メートルあり、水面から高さ227メートルの2本の主塔の間は1,280メートルあります。橋は2本の主塔によって吊り下げられていますが、主塔に使われているメインのケーブルは27,572本のワイヤーを束ねたもので直径93センチメートルにもなります。
ジョセフ・ストラウスはゴールデン・ゲート・ブリッジが完成してからわずか1年後にロサンゼルスで亡くなりました。ゴールデン・ゲート・ブリッジのサンフランシスコ側にジョセフ・ストラウスの像が橋を背景とするように佇んでいます。また、その近くにはメインケーブルが展示されています。
ゴールデン・ゲート・ブリッジの構造設計のほとんどはチャールズ・アルトン・エリスが担当しましたが、ストラウスとの対立により、エリスの功績は認められませんでした。エリスの功績が認められたのは橋の開通70年周年の2007年5月でした。開通75周年の2012年には、米国土木学会はエリスの業績を認めてサウスタワーに銘板を設置し、ゴールデン・ゲート・ブリッジは「現代世界の七不思議」のひとつであると宣言しました。
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