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2020年11月19日 (木)

緑のおばさんの日(昭和34年 1959年11月19日)

 11月19日は「緑のおばさんの日」です。緑のおばさんの正式名称は学童擁護員と言いますが、1959年11月19日に通学する児童を交通事故から守る目的で学童擁護員の制度が東京都で始まりました。緑のおばさんは緑色の制服や帽子をかぶり、手には横断中の旗をもって、子どもたちが通学路の横断歩道を渡るときに声をかけながら安全確保をしてくれます。

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緑のおばさん(学童擁護員)

 自分も子どもの頃には毎日の通学で緑のおばさんにお世話になりました。遠い記憶を手繰り寄せると、当時は幹線道路なのに信号機がない横断歩道もたくさんありました。車を止めて確実に渡らせてくれる緑のおばさんが逞しくも見えたのです。緑のおばさんは毎日同じ人ではなく、子どもたちの間で人気を得ていたおばさんもいたように思います。横断を待っているとき、渡っているときに、明るく元気な声で子どもに声をかけていました。毎日、様々ななおばさんに会うのが楽しみでもありましたが、時が立って、いつの間にか姿が見えなくなると、少し残念な気持ちにもなりました。そう言えば、ウルトラマンタロウのお母さんこと、ウルトラの母の地球での姿は緑のおばさんでした(演:ペギー葉山さん)。姿の見えなくなった緑のおばさんを思い出し、あの人はウルトラの母だったのかもしれないぞーと友達と話をしたものです。

 ところで、Wikipediaの学童擁護員 には緑のおばさんは「交通安全のシンボルカラーである緑色の制服や帽子を身に着けていたことに由来する」と書いてありました。日本人は昔から青色と緑色を区別しておらず、「青は進めの真実|交通信号の色」で説明した通り、交通信号の緑信号も青信号と呼んでいました。1959年ぐらいであれば「青のおばさん」となってもおかしくなかったはずです。どうして「緑のおばさん」になったのでしょう。

 さておき、現在においては男性の学童擁護員もたくさんいますが、当時はどうして女性が多かったのでしょうか。実は学童擁護員の制度の目的のひとつに特に戦争で夫を失った女性の雇用確保という狙いもあったようです。確かに自分が子どもの頃には「緑のおじさん」は見た記憶がありません。

 東京都の緑のおばさんは最初の頃は臨時職員だったそうですが、1965年に正規職員となりました。現在においては、自治体によって公務員だったり、臨時職員だったり、ボランティアだったりするようです。

 緑のおばさんの日にあたり、緑のおばさんと緑のおじさんに改めて感謝の意を表明いたします。

 毎日ありがとうございます。

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