函館と天気予報の話
8月21日は日本の新聞に初めて予想天気図が掲載された日だそうです。1924年に国民新聞(1942年に東京新聞の前身である都新聞と合併)という日刊新聞に掲載されたそうです。
日本で初めて天気図が刊行されたのは1883年だそうですが、日本の気象観測の歴史は1871年7月に明治政府が工部省が東京の三角測量を始めたところから始まります。
工部省とは、鉄道、電信、灯台、造船、鉱山、製鉄などの事業を行っていた中央官庁組織です。このとき測量を任されたのはイギリス人の
コリン・アレクサンダー・マクヴェイン測量技師長と、ヘンリー・バトソン・ジョイナー測量技師でした。ジョイナーは工部省に気象観測の重要性を主張し、工部省は1873年5月に日本で初めての気象台を設立することを決めました。
日本政府はイギリスのロンドン気象台に気象観測に必要な機材の調達を依頼するため、河野通信とマクビーンをロンドンに派遣しました。彼らはフランス人のヘンリー・シャボーに機材調達を依頼、シャーボーは1年3ヶ月をかけて測量機材を調達し、1874年7月に日本にやってきました。
1875年5月に調達した気象機材の据え付けが完了しました。気象台は現在の東京都京都港区虎ノ門にありました。そして、1875年6月1日、東京気象台で気象観測を開したのです。そして、6月1日が気象記念日と制定されました。
そうか、そうか、ということになるわけですが、函館での気象観測の史実を考えるとちょっと待って!となるのです。
日本で最初に気象観測所として気象観測が行っていたのは函館気候測量所、現在の函館海洋気象台です。このあたりの話については、函館海洋気象台の「日本で最初の気象台」というサイトに詳しく説明が出ています。函館ではイギリス人のトーマス・ブラキストンが独自に気象観測を行っていました。ブラキストンのもとで学んだ福士成豊が気象観測を引き継ぎ明治5年(1872年)8月26日、函館・船場町(現・末広町)の自宅で気候測量所を設けて本格的な気象観測を始めました。これが日本で初めての気象観測所による気象観測なのです。福士成豊は箱館丸を建造した船大工の続豊治の次男で、同志社大学の創立者の新島襄の箱館港からアメリカへの密航を手伝った人物でもあります。
気象記念日は8月26日にするべきだ!と言ってみる・・・なぜ3年後の東京気象台の方が気象記念日なのだろう。
工部省が気象台を設立すると決めたのが1873年。その1年前にできている函館気候測量所。おそらく、気象台という位置づけではなかったのかな。北方開拓のために作られた開拓使という官庁が作ったのが函館気候測量所のようで、函館海洋気象台という名前になったのは1942年になってからのようです。
でも、日本で初めての観測所での気象観測ということであればやはり8月26日ですね。
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