カメラ発明の日(1839年8月19日)
カメラの語源は、ラテン語のカメラ・オブスキュラで、カメラは部屋、オブスキュラは暗いという意味です。大昔のカメラは内部が真っ暗な箱に小さい孔を開けた簡単な構造のものでした。レンズもついていなければ、フィルムもありません。小孔から差し込む光が、反対側の壁に物体の像を映し出すという、光のピンホール現象を利用したものです。
カメラ・オブスキュラは天体の観測や絵を描く道具として使われていましたが、像を綺麗に映そうとすると像が暗くなるという問題がありました。この問題はピンホールに凸レンズをつけることで解決されました。レンズの利用によって、カメラ・オブスキュラはさらに実用的になりました。しかし、当時のカメラ・オブスキュラでは、映った像を写真として残すことはできませんでした。カメラ・オブスキュラの像をそのまま写真として残すことは人類の長年の夢だったのです。
1826年、フランスのニエプスは天然アスファルトを感光材に使って写真の撮影に成功しました。写真を1枚撮るのに8時間もかかりましたが、カメラ・オブスキュラの像を写真として残すことに成功したのです。ニエプスは同じフランスのダゲールと研究を進め、銀メッキした銅板の表面にヨウ化銀を付着させた板を使う方法を考えました。エニプスは途中で死んでしまいましたが、ダゲールはこの研究を進め、1839年に銀板写真を発明しました。この銀板写真法をダゲレオタイプといい、そのカメラをダゲレオタイプのカメラといいます。1回の撮影で一枚の写真しか撮れませんでしたが、非常に鮮明な写真を撮ることができ、しかも撮影時間は30分と大幅に短縮されました。
このダゲレオタイプのカメラは1839年8月19日にパリで開催された科学アカデミーで紹介され公式にその発明が認められました。
ところで、多くのサイトで3月19日がカメラ発明の日と書いてあります。しかし、これは8を3と見間違えたためと思います。
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コメント
のりこさん、コメントありがとうございます。
ピンホールカメラが作る像を紙の上に忠実に再現して残すことができたというのはすごいことですよね。写真が発明されたことで、いろいろなことが画像として記録できるようになった当時を想像すると画期的なことだったと思います。
投稿: toshizo | 2007年8月20日 (月) 02時28分
はじめまして のりこです。
って、こちらのブログで初コメントです。ニックネームも変えかと思ったですが(^^;。よろしくお願いします。
そう、カメラの歴史とても面白いです。
>カメラ・オブスキュラの像をそのまま写真として残すことは人類の長年の夢だったのです。<
ここに共感します。
投稿: のりこ | 2007年8月19日 (日) 08時26分