函館山
函館山は函館市の市街地から西の方に突き出た陸繋島(りくけいとう)です。
全体が牛が寝そべっているような形をしているということから、臥牛山(がぎゅうざん)とも呼ばれています。
牛が寝そべっているところ・・・どっちが頭でどっちがお尻なのだろう。う~む・・・・
ということで、さっそく寝そべる牛と比べてみる・・・
う~む、わからん<(_ _)>
函館山は標高が334メートルです。ちょうど右側に高く突き出た部分で、ここには放送局のアンテナや展望台があります。ひとくちに函館山といいますが、函館山は本当は大小13の山の集合体なのです。
御殿山 (334m) 、薬師山 (252m)、つつじ山 (306m)、汐見山 (206m)、八幡山 (295m)、水元山 (280m)、鞍掛山 (113m)、地蔵山 (286m)、入江山 (291m)、エゾダテ山 (129m)、観音山 (265m)、牛の背山 (288m)、千畳敷 (250m) 。
牛の背山というのがある・・・どの部分なのだろう・・・
う~む、わからん<(_ _)>
さて、最初に函館山は陸繋島(りくけいとう)であると書きました。陸繋島(りくけいとう)というのは、文字どおり陸と繋がった島ということです。陸と島の間にたまりこんだ砂州によって、陸と島が陸続きになっているところです。有名なところでは、神奈川県の江の島も規模は小さいですが陸繋島(りくけいとう)です。その違いはGoogle Mapで見てみるとわかります。函館山と江の島です。
函館山から見た函館の風景はこんな感じです。夜景が有名ですね。
函館山と北海道の陸地がつながったのは、おそらく3000年前と考えられています。その頃、函館山は活火山の離島だったと考えられています。その火山灰や、川から流れてきた土砂、波で集まってきた土砂が浅瀬を埋めて陸続きになったと考えられています。
もし、今でも陸続きじゃなかったとしたら、こんな感じになっていたのかもしれません。
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