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2012年1月21日 (土)

超音速ジェット旅客機コンコルド」が初就航(1976/01/21)

 ライト兄弟が初めて有人の動力機付き飛行機の飛行に成功したのは1903年のことです。

 それから66年後の1969年3月2日に、フランスとイギリスが科学技術の粋を集めて開発した超音速旅客機コンコルドが初飛行に成功しました。

 そして、コンコルドは1976年1月21日に定期就航を開始しました。当初は、エールフランスがパリ-ダカール-リオデジャネイロ線、ブリティッシュエアウェイズがロンドン-バーレーン線の商用を開始し、その後、他の路線を就航するようになりました。

 コンコルドは特徴的な三角翼を持ち、高度約1万8000メートルをマッハ2の速度で飛行することができました。ロンドン・パリからニューヨークまでわずか約3時間45分で結びました。

Concorde First Flight

 1977年にはエアーフランスとブリティッシュエアウェイズのコンコルド2機が同時刻にそろってニューヨークに到着するというイベントもありました。日本にも4回きています。

 しかし、技術の推移を集めたコンコルドも時代の流れに乗ることができませんでした。
燃料費、機体の保守などの採算が合いませんでした。騒音の問題もありました。

 2000年7月にはエアーフランスのパリ・シャルル・ド・ゴール発、ニューヨーク行きのコンコルド4590便が墜落事故を起こしました。この事故により、コンコルドの耐空証明が取り消され、エアーフランスとブリティッシュエアウェイズの両者は1年以上もコンコルドを運航できなくました。

 このコンコルドは離陸前に第2エンジンに異常があり、部品を交換し、出発が約1時間遅れました。当初、部品の交換と事故の関係が疑われましたが、この事故の原因はタイヤのパンクでした。

 パンクしたタイヤの大きな破片が燃料タンクにあたり、燃料タンクが破損、燃料が発火したものです。パンクの原因は、コンコルドが離陸するわずか5分前に離陸したコンチネンタル空港のDC-10が滑走路に落とした部品だったのです。もし、エンジンの異常がなく予定通り離陸していたら、コンコルド4950便の事故は起こっていなかったことになります。

Concorde Flight 4590

 911米国同時多発テロによって、航空業界が大打撃を受けると、ついにエアーフランスは2003年5月、ブリティッシュエアウェイズは同年10月にコンコルドの運航を終了したのです。

 2003年10月24日、ロンドンのヒースロー空港では20万人を超える人が大空を見つめていました。コンコルドが着陸し、コクピットからイギリスの国旗が降られると歓声が沸き上がりました。そして、超音速旅客機コンコルドは27年間の仕事を終え、大空からその姿を消したのです。

24 Oct 03-Concorde-last-landing-BBC-edit4b.wmv

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