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2011年12月 9日 (金)

工藤公康選手 現役引退を決断

西武ライオンズなどで活躍した工藤公康投手が8日に現役の引退を表明しました。1981にプロ野球選手となり、現役として30年間活躍しました(実働は29年)。輝かしい現役30年の歴史の影には絶え間ない努力があったと思います。1963年生まれの48歳、多くの同世代の男性にも、まだやれるぞという勇気を与えてきたと思います。

今後は解説者などをして、野球伝道師として活躍したいとのことです。

本当に長い間ご苦労様でした。今後の活躍に期待したいです。また、横浜DeNAでは監督になりませんでしたが、機会があれば、どこかの球団で采配を見せてもらいたいと思います。存在するだけでも、若い選手がやる気になるというのは、チームにとってとても大きい存在と思います。是非、監督を。

工藤選手は1963年生まれで、高校時代は愛工大名電で活躍。1981年に甲子園に出場し、2回戦でノーヒットノーランを記録。同年、愛工大名電からドラフト6位で西武に入団。もともとは、熊谷組に就職する予定でしたが、西武ライオンズに説得されてプロ野球入りしました。

1985年に本人初のタイトルとなる最優秀防御率を獲得。1987年は最優秀防御率、最高勝率、ベストナインのタイトルを獲得。1993年には、最優秀防御率、最高勝率、ベストナインに加えてパ・リーグMVPを獲得。

1994年にFAで福岡ダイエーホークスに移籍、1996年に最多奪三振、1999年は最優秀防御率、最多奪三振。ダイエーのリーグ優勝に貢献し、MVPに選ばれました。この年、鉄腕と呼ばれた稲尾和久選手(当時西武)のもつ通算奪三振記録を塗り替えました。ダイエーは工藤らの活躍で中日を破り日本一となり、シリーズ優秀選手に選ばれました。

ダイエーを優勝に導いた工藤は再びFA権を獲得し、巨人に移籍しました。その後は、2006年に横浜に移籍、2009年に古巣の西武ライオンズに戻りました。

▼通算29年 635試合224勝142敗、勝率0.612、防御率3.45、先発472回、完投116回、完封24回、2859奪三振

とにかくすごい選手でした。

1987 日本シリーズ第6戦 工藤公康のほぼ全投球 1/2

1987 日本シリーズ第6戦 工藤公康のほぼ全投球 2/2

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