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2008年8月16日 (土)

戦争が終わった日はいつか

日本の社会では、8月15日が終戦記念日として有名ですが、第二次世界大戦が終わったのはいつなのでしょうか。

連合軍がポツダム宣言を発令したのは1945年7月26日のことです。連合軍は日本の無条件降伏を求めましたが、日本はこれを無視しました。

米国は日本の無視を受けて、1945年8月6日に広島市に原爆を投下、続いて8月9日に長崎市に原爆を投下しました。

1945年8月10日に日本政府は連合軍に降伏の条件について問い合わせをしましたが、明確な返事を得ることはできませんでした。

1945年8月14日、天皇の決断により、ポツダム宣言を受け入れることが決まりました。翌8月15日に有名な玉音放送(大東亜戦争終結ノ詔書を天皇が自分で読み上げた放送)が行われ、国民に日本が降伏したこと、戦争に負けたことが伝えられました。日本軍に停戦命令が出されたのは8月16日ですが、8月一杯は戦闘が続いた地域もあったようです。ポツダム宣言の調印は9月2日に行われました。

国際法律上では1951年9月8日調印されたサンフランシスコ講和条約の発効日1952年4月28日が終戦の日ということになるようです。

米国ではポツダム宣言の調印が行われた1945年9月2日が正式な終戦の日となっているようです。

さて、日本の終戦の日8月15日は、日本が戦争に負けたことを認め降伏することを決断した日ということになります。教科書では9月2日が終戦となっていますが、社会的な状況を考えると多くの国民が認識している終戦の日は8月15日が終戦の日ということになります。

これはあくまでも全体的な話で、個人レベルで終戦の日が違う日でも良いと思います。終戦後、しばらくの間、子息の安否がわからず、後になって戦死が伝えられたという親にとっての終戦の日は、子息の戦死が伝えられた日でも良いと思うのです。

自分には20代前半で戦死した叔父さんがいました。自分が生まれるずっと前に亡くなっていますから、遺影でしか知らない叔父さんです。その叔父さんの母親、つまり自分の祖母が亡くなったのは今から30年ほど前のことです。

叔父さんは農家の長男で家をつぐ必要がありましたが、写真に興味があり、特に機械工学を勉強したかったらしく、親と喧嘩になり家を飛び出したそうです。家を飛び出した後に、陸軍に入り百式司令部偵察機の機関士となり、また写真撮影を行っていたそうです。叔父さんは戦時中に南方で亡くなったということです。もちろん家には亡骸が届くこともなく、やりとりしていた手紙と、軍から送られてきた紀念の品しかなかったそうです。祖母にとっての終戦の日はいつだったのでしょうか。

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