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2007年7月11日 (水)

ジョン万次郎が帰郷した日

 ジョン万次郎こと中濱万次郎は土佐の国中濱村の貧しい漁村の家に生まれました。

 1841年、14歳のときに手伝いで出漁したときに嵐で遭難し、太平洋の無人島(現在の鳥島)に漂着しました。仲間とともに5ヶ月近く無人島暮らしをしていましたが、アメリカの捕鯨船「ジョン・ハウランド号」に発見されました。

 当時、日本は鎖国状態でした。仲間たちはジョン・ハウランド号の寄港先であったハワイのホノルルで降ろされましたが、万次郎は船長のホィットフィールドに気に入られ、また本人が希望したこともあってアメリカに一緒に行くことになりました。ホィットフィールド船長は船の名前にちなんで万次郎にジョン・マンという名前をつけました。

 万次郎はアメリカで英語や航海術などをはじめとする知識を身につけ、同時に民主主義社会を経験しました。その後、別の捕鯨船に副船長として乗り込み世界の各地を航海しました。

約3年の航海を終えて、万次郎は日本に帰国することを決意しました。万次郎はカリフォルニアで金鉱を探す仕事で作った金で船を購入し、ホノルルに残した仲間を迎えに行きました。そして1851年1月、日本に帰国したのです。鎖国時にアメリカから帰国した万次郎は幕府の取り調べを受けることになりました。

故郷の土佐に帰ることができたのは帰国から約1年半も経った1852年7月11日でした。ジョン万次郎が14歳のときに遭難してから11年も経っていました。

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